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名古屋高等裁判所 昭和45年(ネ)311号 判決

控訴人 松原鉄左衛門

右訴訟代理人弁護士 滝沢孝行

被控訴人 三宅悦男こと 三宅宗次

右訴訟代理人弁護士 北村利弥

同 戸田喬康

主文

原判決を左のとおり変更する。控訴人は被控訴人に対し金五五万六、四五〇円およびこれに対する昭和四四年九月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて二分しその一を控訴人、その余を被控訴人の負担とする。

本判決は被控訴人勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

控訴代理人は控訴の趣旨として「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」趣旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、本件訴訟における原告(被控訴人)の確定について。

特定の訴訟における当事者が何人であるかは、訴状の記載にしたがって決すべき問題ではあるが、その場合、訴状中の当事者の表示らんに記載せられている氏名のみによって決すべきではなく、住所その他当事者の表示らんの記載全体、請求の趣旨請求の原因等訴状の記載内容全体を綜合的にみて、その訴において何人より何人に対する判決が求められているかを判断して決すべきものである。

本件訴状につき検討するに、訴状中原告氏名らんに「三宅悦男」という実在人の氏名が記載せられてはいるが、その肩書住所地として記載せられている「愛知県東春日井郡旭町大字稲葉字北新田二〇番地の一一」に三宅悦男が居住したことはかつてなく、右地番は三宅悦男の実兄である三宅宗次の住所地であることは≪証拠省略≫により明らかである。

又、本件訴状記載の請求の趣旨、請求の原因によると、本件訴の要旨は、昭和二九年九月二五日に控訴人(被告)より本件土地を買受けたことを理由として、右土地の所有権移転登記手続を、又右登記手続が履行できぬときは右履行不能による損害金一〇〇万円の支払を求めるというにあることがわかるから、本件訴の原告となっている者は右売買契約における買主であった者であると認むべきところ、右売買契約上の買主は三宅宗次であり、同人が本件取引に際し便宜上実弟三宅悦男の氏名を借用して自己の別名として使用したに過ぎぬことは次項において説示するとおりである。

右の諸事情を参酌しながら本件訴状の全記載を善解するならば、本件訴状においては、右契約上の買主(三宅宗次)売主(松原鉄左衛門)間の判決が求められているものであるが、右契約の際三宅宗次は取引の便宜上「三宅悦男」なる別名を使用した事情があるため、本件訴状においてもこれと一致させて「三宅悦男」なる別名を記載したことが窺われるものである。そうだとすると本件訴訟の原告(被控訴人)は三宅悦男ではなく、三宅宗次であると認めるのが相当である。

そうして≪証拠省略≫によると、本件訴状の作成を司法書士に依頼したのも、原告訴訟代理人弁護士北村利弥らに訴訟委任したのも共に三宅宗次であり、同人が本件訴の提起以来終始実質的にその審理に原告として関与してきたことが認められるから、原審が第九回口頭弁論期日において原告代理人に原告の氏名を「三宅悦男こと三宅宗次」と訂正することを許したうえ、従前の訴訟手続を引続き進行させたのは相当の措置であり、その間何ら批難すべき点は見当らない。

二、本件売買契約の成立について。

1  本案につき考えるに、昭和二九年九月二五日に控訴人が本件土地を、三宅宗次又は三宅悦男に対し代金一六万六、六〇〇円で売渡し、同三〇年四月二九日までに三回に分けて代金全額を受領し、三宅宗次が右土地上に建物を建築所有していることは当事者間に争いのないところである。

控訴人は当審に至って右自白の一部を撤回して、右代金のうち二万円を受領していない旨主張するが、≪証拠省略≫中その趣旨の部分は≪証拠省略≫に照らし措信し難く、他に右二万円未払の事実を認むべき証拠はなく、したがってこの点に関する控訴人の自白が真実に反することの立証がないから、右自白の撤回は許し難いものである。

2  又、右売買契約における買主については、≪証拠省略≫には買主として「三宅悦男」と記載せられているけれども、左記の諸証拠によると、買主は実在人の三宅悦男ではなくて、被控訴人三宅宗次であることが認められる。すなわち、≪証拠省略≫を綜合すると左記諸事実が認められる。

(イ)  本件土地を控訴人から買取る交渉ならびに契約の締結は、すべて不動産仲介業者の浜島太郎が買主代理人としてこれを担当し、控訴人は買主本人には面接もしていない状況であるが、浜島太郎に本件土地買取方の依頼をしたり、買取代金を交付したのは三宅宗次であり三宅悦男ではないこと。

(ロ)  もともと、本件土地買取の話は三宅宗次の店舗兼居宅敷地を求める必要上からはじまったものであり、本件売買契約締結後三か月後には三宅宗次の当時の内妻安藤美知子名義の家屋が同土地上に建てられ、三宅宗次およびその家族が居住していること。本件売買契約が履行不能になった後の収拾策として、三宅宗次の妻三宅美知子名義で三宅宗次が本件土地を真の所有者から買受けていること。

(ハ)  それにも拘わらず本件売買契約書買主らんに「三宅悦男」と記したのは、宗次が本件土地買受代金中頭金の一〇万円を悦男から一時借用した事情によるものであり、控訴人諒承の下に契約書(甲第二号証)の買主らんに三宅悦男の氏名を記したが右買主らんの記名押印も三宅宗次がしていること。

以上のとおり認められ、他にこれに反する証拠もない。そうして右諸事実を総合するときには、本件土地の買主は三宅宗次であることを認め得るものであり、前出甲第二号証中「買主三宅悦男」なる記載部分も反証とするに足らぬものである。

三、不法行為の主張について。

ところで本件売買契約成立当時本件土地が国有地であったことは当事者間に争いがないが、被控訴人が本件土地の所有権ならびに登記名義を取得して控訴人に移転することができなかったことは≪証拠省略≫によっても明らかである。

被控訴人は第一次的主張として控訴人が本件土地の所有権ならびに登記名義を被控訴人に移転できないことを知りながら、又、その意思もないのに被控訴人と本件土地売買契約を締結して代金名下に金員を騙取し被控訴人に損害を与えた旨主張する。

しかしながら、控訴人にそのような詐取の故意のあったことは本件に現われた全証拠によっても認め難いものであり、却って、≪証拠省略≫によると控訴人は後記四、記載の経緯でやがては本件土地の所有権を取得し得ると信じた結果、早々と被控訴人にこれを転売したものであることを認め得る次第である。そうだとすると控訴人の詐欺行為(不法行為)を理由とする被控訴人の第一次的請求は、その他の点につき考える迄もなく、既に失当といわなければならない。

四、債務不履行の主張について。

1  次に債務不履行を理由とする被控訴人の第二次的主張につき考えるに、≪証拠省略≫を綜合すると、左の諸事実を認めることができる。

イ、昭和二九年九月当時、控訴人は前に旭町稲葉地区の道路拡張事業に協力して自己所有の農地を提供した補償の意味で、地区道路委員会の斡旋により、当時国有農地であった本件土地の貸付を実兄松原信一名義で受けており、やがては右土地の売渡を松原信一名義で受け得るよう地区道路委員会が国有農地管理者と交渉中であった。

ロ、他方、被控訴人は店舗兼住宅敷地に適する土地を求めて、不動産仲介業者である浜島太郎に仲介方を依頼し、浜島は業者仲間の控訴人に右の話を伝えたところ、控訴人は浜島に対し、本件土地は国有農地であるが、控訴人が町から換地に貰えることになっており、六か月後くらいには控訴人に登記がくるから買ってはどうかと答えた結果、昭和二九年九月二五日に被控訴人代理人浜島太郎と控訴人との間に、代金一六万六、六〇〇円で本件土地の売買契約が成立し、契約証が作成された。

ハ、そうして右契約証には「一、現地は農地にて地目変更届に県に申請許可する故登記完了は約三ヶ月後とする。一、買主は現土地を整地するも差使いなくも若一建物を建築する時は土地代の金額を支払い建築する事。」と記されており、控訴人の署名の頭には「売主代人」と記載されていた。

ニ、したがって右売買契約当時に、少なくとも被控訴人代理人の浜島は、本件土地が国有農地であることを承知していたし、控訴人は買主が本件土地を宅地とするために買受けるものであることを承知していたが、単に代金完済前の建築を禁止したのみで、農地売渡登記、農地転用許可前の建築については格別の禁止条項もおかなかったものである。

ホ、ところが同年一二月頃被控訴人が代金を完済しない間に、本件地上家屋の建築に着手したので、控訴人は代金完済前の建築が契約違反なることをとがめて制止したが、被控訴人は右制止を振切って建築を完成してしまった。

ヘ、被控訴人の右建築は国有農地管理者の愛知県当局、旭町当局の問題とするところとなり、調査の結果、控訴人が被控訴人に本件土地を売却していることも発覚したので、そのような被控訴人に取得させるため松原信一に対する売渡手続を進めることも、同人に貸付けることも取り止めとなり、むしろ、本件土地は農地法第八〇条により旧所有者に売払うのが相当と認められて、昭和四三年三月八日には旧所有者の相続人松原弘樹から農地法施行規則五〇条一項による国有財産買受申込書が提出せられるに至った。

ト、本件土地上に既に家を建てて入居していた被控訴人としては、何としても右土地を確保しなければならないので、売払予定者側と交渉の結果、愛知県尾張事務所農地管理係長、旭町農業委員会長ら立会の下に、昭和四三年七月一九日に行なわれた農地調停(法外)和解において、松原弘樹が本件土地の売払を受けて所有権を取得したときは代金一〇〇万円で被控訴人がこれを買取る旨の契約を締結して金一〇〇万円の支払義務を負担し、同年一二月一〇日に内金五〇万円を松原弘樹に支払い、その後残金五〇万円を支払って、本件土地の売払を受けた松原弘樹相続人松原広幸より、被控訴人の妻三宅美知子名義で同四六年五月一九日に本件土地の所有権移転登記を受けた。

チ、なお被控訴人は前記登記の日まで本件土地の所有権を取得できなかったため、国に対し昭和二九年一二月二〇日から同四四年二月二八日までの不法占拠による損害金一〇万〇、九五二円、同年三月一日より同四五年二月二八日までの使用料一万一、九四九円の各支払いを余儀なくされた。

以上のとおり認められる。≪証拠判断省略≫

上記によると、遅くとも松原弘樹が国有財産買受申込をした昭和四三年三月八日の時点で、本件売買契約は履行不能におちいったものというべきである。

2  控訴人は本件土地の所有権ならびに登記名義を被控訴人に移転し得なくなったのは、被控訴人が本件土地が国有農地である間に家を建てたためで、控訴人に責任はない旨主張する。しかしながら上記認定のとおり、控訴人が本件土地の売渡を受け得るのは道路拡張事業に協力したため喪失した農地の補償換地としての意味あいであるから、売渡を受ける予定の本件土地を他へ売っているような状況下では、国有農地の売渡を受ける資格のない者といわざるを得ない。すなわち控訴人に対する売渡手続がとり止めになった原因は、控訴人が本件土地を被控訴人に宅地化目的で売却したこと自体にあり、被控訴人の建築行為は、右売却行為が国有農地管理者に発覚する端緒となったに過ぎぬものというべきであるから、控訴人は本件債務不履行につき責任を免れ得ぬものというべきである。

なお控訴人は被控訴人の(無断建築)行為が本件履行不能の原因になっているのに、かえって控訴人に対し本件損害賠償請求に及ぶのは信義則違反、権利濫用である旨主張するが、本件履行不能の原因が被控訴人の建築行為にある訳でないことは、右に説示したとおりであるから、控訴人の右主張は失当であり、他に被控訴人の本訴請求が権利濫用、信義則違反に該当するような事情は見当らない。

3イ、そこで損害額につき考えるに、上記のように被控訴人が本件土地を確保するため松原弘樹に支払った本件土地の代金額一〇〇万円は、関係官庁立会の下に協議決定された金額であるから、他に反証のない本件においては本件土地の当時の相当価額であったとみるべきであるから、そのまま本件債務不履行による損害額とみるべきである。

ロ、又、控訴人は契約後約三か月後に登記完了することを被控訴人に約束しているのであるから、昭和二九年一二月二〇日以後の使用料相当の損害金又は使用料として、被控訴人が国に支払った前記合計金一一万二、九〇一円は、控訴人が履行を怠たり遂に履行不能にしたために、被控訴人に生じた損害というべきである。以上合計すると損害額は一一一万二、九〇一円となる。

4  他方、被控訴人も不動産仲介業者である浜島太郎を代理人として国有農地である本件土地を控訴人から買受ける以上、かかる売買契約が控訴人に対する売渡手続の取りやめを誘発する危険を含むことは理解し得たはずであるのにこれを看過して契約のうえ、未だ国有農地である間に本件土地上に建物を建築して入居した。これがため被控訴人は本件土地を確保しなければならなくなり、ために損害を拡大したものというべく、かかる意味合で過失相殺の適用を受けるべきである。蓋し被控訴人において、上記のような危険を孕む契約であることを看過して取引しながら、予測の外れた場合は契約を理由に控訴人に全損害の賠償を求め得るとするならば、それは余りにも契約当事者間の衡平を失するものといわなければならないからである。そこで右見地から上来認定した本件取引の諸経緯を検討したうえ上記認定の損害額の二分の一を過失相殺することとし、結局控訴人は右損害額の二分の一に当る金五五万六、四五〇円の限度でその支払義務あるものというべきである。

五、相殺の主張について。

控訴人は本件土地売買代金中二万円の未払金支払請求権による相殺を主張するが、右代金未払の存しないことは前に認定したところより明らかである。又、控訴人は被控訴人の建築行為により、控訴人が本件土地を取得し損なったことによる損害金一〇〇万円による相殺を主張するが、控訴人が本件土地の売渡を受け得なかったのは、控訴人が本件土地売渡を受ける以前に、被控訴人に転売したことが発覚したためで、いわば自業自得の結果であり、このことにつき控訴人の責を問い得ないことは上述したとおりである。そうだとすると控訴人の相殺の主張はいずれも理由がないものといわなければならない。

六、上記を総合するに、控訴人は被控訴人に対し、本件売買契約履行不能による損害金五五万六、四五〇円およびこれに対する本件履行不能発生の日以後である昭和四四年九月二日以降完済迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。よって被控訴人の本訴請求は右限度で正当で他は失当であるところ、これと一部符合しない原判決は主文のように変更することとし、民訴法三八六条、九六条、九二条本文、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 夏目仲次 菅本宣太郎)

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